『The NET 網に囚われた男』(キム・ギドク、2016年)映画のあらすじと解説
  • キム・ギドク監督が朝鮮半島の南北分断をめぐる問題に切り込んだ社会派作品。
  • ギドク監督が得意とする暴力や性の表現は抑えられ、主人公の受難が静かに浮かび上がる。
  • 個性派俳優リュ・スンボムを中心に、俳優陣の熱を帯びた演技にも注目。

『The NET 網に囚われた男』作品概要

韓国映画を代表する監督、キム・キドク。その22番目の作品として『The NET 網に囚われた男』は2016年に公開されました。トロント国際映画際出品作品。民主主義の腐敗を描いた『殺されたミンジュ』(2014年)、福島原発事故を題材にした『STOP』(2015年)に続く作品で、本作も政治的なメッセ―ジ性の強い作品となっています。
主演はリュ・スンボム。実兄のリュ・スンワンが監督した『ダイ・バッド~死ぬか、もしくは悪(ワル)になるか~』(2000年)で映画デビューを果たすと、同監督の『クライング・フィスト』(2005年)でボクサーの青年を演じ、その演技力が高く評価されました。さらにリュ監督によるスパイ映画『ベルリンファイル』(2013年)では、北朝鮮感からベルリンに送り込まれた保安観察員の男を熱演。作品の興行的成功とともに、彼自身もトップ俳優としての地位を固めることになります。
ちなみに、ギドク監督による『人間の時間』(2018年)にもギャングのボス役で出演しています。
その他キャストととしては、韓国警察の取調官の男をキム・ヨンミンが演じています。彼は1000人のオーディションを勝ち抜いて抜擢された『受取人不明』(2001年)のジフム役以降、ギドク監督から厚い信頼を寄せられている俳優。『春夏秋冬そして春』(2003年)で主人公の青年時代を演じたほか、『殺されたミンジュ』(2014年)では一人8役にも挑戦しています。
さらに、その取調官の部下の青年を演じたのは、イケメン若手俳優イ・ウォングン。高校1年生の時にモデルとしてキャリアを開始した後、歴史テレビドラマ『太陽を抱く月』(2012年)で俳優デビュー。その後も『熱愛』(2013年)でアイドルグループ少女時代のソヒョンと共演するなど、着実にスターダムを駆け上っています。2019年より入隊中。
南北分断をテーマにした本作では、北朝鮮に暮らす漁師の男が韓国へと流れ着き、スパイ容疑で厳しい取り調べを受ける物語が描かれます。

『The NET 網に囚われた男』あらすじ

漁師のナム・チョルは、北朝鮮で妻子とともに倹しい生活を送っていました。その朝も普段通り漁に出かけた彼でしたが、乗っていたモーターボートが故障し、なすすべもなく韓国側の岸辺へと流されてしまいます。
すぐに国境警備隊に捕まったナム・チョルは、偽装スパイの嫌疑をかけられ警察の取り調べを受けることに。取調官が違法尋問で厳しくナム・チョルを追及する一方、警護担当のオ・ジヌは彼の境遇に理解を示します。
韓国警察はナム・チョルに亡命を促すため、彼を明洞の繁華街に連れ出す作戦を実行します。きらびやかなソウルの街並みを前にして、「見たら不幸になる」と頑なに目を閉じるナム・チョル。しかし、上官の命を受けたオ・ジヌが側を離れてしまい、ひとり人混みの中に置き去りにされます。
オ・ジヌたち監視の目を逃れ、夜の繁華街で一人の売春婦と出会ったナム・チョルは、彼女を通して資本主義が抱える闇を目の当たりにします。その後ふたたび警察に拘留された彼は、是が非でも自分をスパイに仕立て上げようとする取調官の拷問を受け、ついには舌を噛み切って自殺を試みるのでした。
かろうじて一命をとりとめたナム・チョルは、亡命の説得も虚しく、家族の待つ祖国へ帰ることを希望します。ただ一人、自分に対して親身に接してくれたオ・ジヌに感謝の意を伝え、彼は修理したモーターボートに乗り込みます。
無事に祖国へと着いたナム・チョルでしたが、今度は北朝鮮保衛部による取り調べを受けることに。そこで彼を待ち受けていたのは、さらに苛烈な運命だったのです。

『The NET 網に囚われた男』解説・考察

南北問題を独自の視点で描く

ギドク監督は2001年に「キム・ギドク フィルム」を設立し、自らの製作・脚本で新鋭監督にメガホンを取らせてきました。例えば『プンサンケ』(11年)では南北の国境を行き来する運び屋の物語が、『レッド・ファミリー』(13年)では北から送り込まれたスパイ一家の姿が描かれています。
というように、これまでも南北問題に目を向けてきたキム・ギドクですが、監督として作品の主題にするのは本作が初めてのこと。公開時のインタビューによると、その背景には在韓米軍によるミサイル防衛システムTHAAD(サード)の配備があったといいます。北朝鮮の核に対して人々が疑心暗鬼に陥っている状況の中で、南北問題の本質を描き出そうとしたのが『The NET』であった、と。
その本質とはいったい何でしょうか? 少なくとも、それは資本主義と共産主義、民主制と独裁制といった対立の中には存在しません。本作を通して明瞭に理解されるのは、国家体制としては大きく異なるはずの北と南とが、まるで合わせ鏡のように似通ってしまうという奇妙な事実です。
主人公の漁師ナム・チョルは、ボートが故障したことによって図らずも韓国側へと漂着してしまいます。そこで彼は韓国警察に連行され、偽装スパイか否かを見極めるために取り調べを受けるのですが、この取調官というのが非常に強権的なんです。北朝鮮での生い立ちから現在に至るまでの経歴を、洗いざらい供述書に書かせる。少しでも内容に不審な点があれば、何度も書き直しを命じる訳です。
この取調官は最初から彼を偽装スパイと決めてかかっている様子で、違法な暴力を行使して自白を促します。ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』(03年)は民主化以前の韓国を舞台にしたサスペンス映画でしたが、ちょうどそこに登場した刑事のように、拷問捜査を厭わない人物として描かれているのです。

視野狭窄に陥った社会

もちろん『The NET』の舞台は現代であり(明示はされていませんが、挿入されるビデオ映像には「2016年」と表示されています)、この取調官の捜査が例外であることは火を見るより明らかです。しかし、その特異なキャラクターというのは、どこか換喩的な形で現代社会を表しているように思えてなりません。前述したように、北朝鮮の脅威に対して疑心暗鬼に陥っている状況を体現している訳です。
増幅された不安が人々の視野を狭め、真実を捏造し、最終的には暴力を生み出してしまう。テロリズムの時代を生きる私たちにとって、それはけっして他人事ではありません。
物語の終盤、ナム・チョルはスパイの疑いも晴れ、無事に(?)北朝鮮へ帰国を果たすことになります。帰る直前、彼から手痛いしっぺ返しを食らった取調官は、声高らかに「愛国歌」を歌い上げ、自らの行為が愛国的なものだったと示します。
一方、そんな取調官の姿に対抗するかのように、モーターボートに乗り込んだナム・チョルも北朝鮮への万歳し、その愛国心を誇示することになります。お互いの抱えているナショナリズムが、痛ましいほどに南北の対立を浮かび上がらせる訳です。
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