『新聞記者』(藤井道人、2019年)映画のあらすじと解説

2019年は『パラサイト 半地下の家族』や『ジョーカー』など、社会的なメッセージ性の強い作品が軒並み注目を集めました。隣の芝生は……ではありませんが、こうした洋画の隆盛を引き合いに出し、日本映画界の現状を批判する向きが生まれたことは残念な事実です。

声を大にして言いたいのですが、邦画は失調などしていません。海外に誇るべき作品は確かに生まれていますし、個人的に言えば『翔んで埼玉』(2019年)だって十分に社会的な価値を秘めた作品だと考えています。

作品にどんな価値を見出すかは、それを鑑賞する私たちの手にかかっています。今回は2019年の日本映画でも随一の話題作である『新聞記者』の紹介です。

望月衣塑子の同名ノンフィクションを原案に、森友・加計学園問題など現在進行形の事象を扱った社会派サスペンス。

物語自体は創作だが、そこで描かれる「真実の価値」はフィクションでしか到達することができないもの。

シム・ウンギョン演じる新聞記者と、松坂桃李演じる若手官僚、光と影の対比にも注目。

『新聞記者』作品概要

『新聞記者』は2019年に公開された日本映画です。新聞記者である望月衣塑子の同名ノンフィクションを原案とした作品で、『デイアンドナイト』(2019年)の藤井道人がメガホンを取りました。

角川新書から2017年に刊行された『新聞記者』は、著者の望月の生い立ちや東京新聞の記者となってからの経歴が語られています。そこに目を付けたのが、『かぞくのくに』(2011年)や『あゝ、荒野』(2016年)などで知られる映画プロデューサーの河村光庸。

企画を持ち込まれた藤井監督は当初こそオファーを断りますが、河村プロデューサーの熱い思いに応える形で引き受けることに。主演にはシム・ウンギョンと松坂桃李が選ばれました。

シム・ウンギョンといえば、『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)の瑞々しい高校生を思い出す人も多いはず。同じく韓国で大ヒットを記録した『怪しい彼女』(2014年)では、20歳の姿になった老婆をコミカルに演じました。

一方の松坂桃李も多彩な役柄を演じ分ける俳優。瀬々敬久監督の『アントキノイノチ』(2011年)で早々に頭角を現し、三浦大輔監督による『娼年』(2018年)では過激な濡れ場も。近作『蜜蜂と遠来』(2019年)ではピアニストの役も見せてくれました。

日本政府がひた隠しにする巨大な闇を巡って、女性新聞記者とエリート官僚の戦いと葛藤をそれぞれの視点で描きます。

『新聞記者』あらすじ

主人公は東都新聞に勤める記者・吉岡エリカ。ジャーナリストの父と韓国人の母の間に生まれ、米国で育った彼女は、強い信念を抱いて日本の新聞社に身を置いていました。

ある日、東都新聞のもとに匿名のリーク情報が届けられます。そこに描かれていたのは、ある新設大学の設置計画書。内閣府による不正な思惑を疑った吉岡は。独自に調査を開始します。

もう一人の主人公は内閣情報調査室(内調)に所属する杉原拓海。国家の平和と安定のため、そして出産を間近に控えた妻のために尽力する若手官僚でした。

しかし、内調で行われていたのはメディアを介した情報操作。時の政権を守るために作り上げられる嘘の数々に、杉原は疑念を抱くようになっていました。

そんな杉原のもとに、外務省時代の上司だった神崎から連絡が来ます。久々の再会に祝杯を上げる二人。神崎は今の杉原が置かれている状況に理解を示しますが、彼自身も胸に抱え込んだものがある様子。

一方、リーク情報の出所を調べていた吉岡も、大学設立計画の前任者だった神崎の名前にたどり着こうとしていました。ところがその矢先、神崎はビルの屋上から身を投げてしまいます。

その通夜の場で、吉岡と杉原は対峙することになります。二人は神崎の死の背後に潜む巨大な闇を感じ取っていました。

『新聞記者』解説

フィクションとノンフィクションの混淆

邦画では珍しい社会派サスペンスとして2019年の映画界の話題をさらった作品です。同じようにジャーリズムを題材とした作品として、例えばカトリック司祭による性的虐待事件を扱った『スポットライト 世紀のスクープ』や、国防総省の機密文書を巡る『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017年)を挙げることができます。あるいは、FOXニュース内部のセクハラ問題を取り上げた『スキャンダル』(2019年)も記憶に新しいかもしれません。

当然『新聞記者』という作品も、こうした重厚な社会派映画の系譜に位置付けることができます。作品のモチーフになっているのは、伊藤詩織さんの性暴力被害や森友・加計問題を巡る一連の疑惑など、現在進行形の社会問題。これだけ大規模の作品で政治批判が展開されたことに、河村光庸プロデューサーを始め制作側の並々ならぬ熱意を感じます。

とはいえ、本作が上に挙げた作品とは決定的に異なる点もあります。言うまでもないかもしれませんが、それは本作が現実の政治問題を下敷きにしながらも、ノンフィクションとフィクションを混在させた物語として展開されている点です。

東京新聞記者・望月衣塑子のノンフィクションを原案にしたことから分かるように、主人公のモデルは新聞記者の異端児である望月自身。伊藤詩織事件の際、内閣情報調査室(内調)が彼女を貶めるチャート図を作成したという"疑惑"や森友問題で官僚が自殺した点など、細部で現実の政治問題が盛り込まれてます。一方、ベールに包まれている内調の実体については想像を膨らませて描かれました。このフィクション部分を是するか非とするかで、作品に対する評価も変わってくるはずです。

ちなみに、本作の制作と並行する形で、望月衣塑子の活動に迫ったドキュメンタリー映画『i ー新聞記者ードキュメント』が制作されています。監督は『A』(1997年)や『FAKE』(2016年)で知られる森達也。

フィクションでしか描けないもの

とはいえ、スクリーンの中ではフィクションとノンフィクションの境界線など簡単に瓦解してしまいます。現実に迫るような虚構があり、現実の"ふり"をした虚構があります。重要なのは、その作品内容がどれだけこの世界に対して強度のあるメッセージを持っているかということではないでしょうか。

このように考えるのも、ポスト真実と呼ばれる世相を反映してのことです。フェイクニュースが容易に拡散され、多数の合意によって"事実"が形成されてしまう時代。『新聞記者』の劇中で描かれたのも、こうした事実の形成、言い換えれば、Twitterや規制メディアを使った情報操作の恐怖でした。

語弊を恐れずに言えば、フィクションとノンフィクションの垣根が失われている点では、映画も現実も同じなわけです。その中で求められているのは、私たち自身が"個"として考え、"個"として行動することに違いありません(それは上で触れたドキュメンタリー映画『i』のメッセージでもあります)。

その観点から言えば、『新聞記者』におけるフィクションとノンフィクションの混在は功を奏しています。新聞記者に対置する存在として、内調に所属する官僚の側を補完的に創造した訳です。結果として、権力に抵抗する個人の姿が組織の内部と外部の両方から描かれることになりました。

映画で語られる日本政府の闇はフィクションに過ぎませんが、その真相を解明しようとする主人公たち"個"の信念は、私たちに対して真にリアルなメッセージを投げかけます。

関連作品:『スノーデン』(2017年)

ポスト真実つながりで。エドワード・スノーデンによるアメリカ国家安全保障局(NSA)の内部告発事件を、オリバー・ストーン監督が映画化しました。

ちなみに、スノーデンに関しても劇映画とは別にドキュメンタリー作品が制作されています(『シチズンフォー スノーデンの暴露』)。併せて観ることでより理解が深まるに違いありません。

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