『STOP』(キム・ギドク、2015年)映画のあらすじと解説

『STOP』作品概要

キム・ギドク監督による21本目の作品『STOP』(스톱)は、福島原発事故をテーマに制作されました。ギドク監督が単身で来日し、脚本・撮影・録音・編集・配給のすべてを行ったという野心作。というよりも、ほぼ自主制作映画と呼んで問題はありません。

少なくとも2014年頃には本作の構想を練っていたギドク監督ですが、釜山国際映画祭で出会った合アレンをプロデューサー(本作では出演も果たしています)に迎えて企画が実現することに。正式スタッフ2名、キャスト約15名、撮影期間7日間という最小限の規模で撮影が進められました。

完成後はチェコのカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭で初公開された後、韓国で小規模上映されています。そのタブーに踏み込んだ内容から多くの映画祭では上映が拒否され、日本でも公開は不可能とされていましたが、ゆうばりファンタスティック映画祭での上映を経て、2017年にようやく日本でお披露目されることになりました。

主要キャストとして、台湾でも活躍している俳優・中江翼と、劇団「青年団」所属の女優・堀夏子らが出演しています。

原発事故で被災した夫婦が、生まれてくる子どもの健康に不安を抱き、精神的に追い詰められていく物語。ギドク監督の原発に対するストレートな怒りが表出します。

『STOP』あらすじ

2011年に発生した東日本大震災。原発から半径5km圏内に住んでいた若い夫婦は、役人に言われるがままに東京へと非難します。

放射能の風評を耳にした妻は、お腹にいる子どものことが気がかりでなりません。そんな彼女を「人間はそんなに弱くない」と言って宥める夫。しかし、二人のもとに政府の役人が訪れ、堕胎をするようにと勧めるのでした。

その場でこそ堕胎を拒む二人でしたが、妻は奇形児が生まれることを恐れ、次第に理性を失っていきます。自ら病院に行くといって聞かない彼女を、夫は手足を縛ってまで止めるのでした。

彼は妻を安心させるため、福島の立ち入り禁止区域に赴いて動物の写真を撮ってこようとします。しかし、現地で遭遇した女が奇形児を出産するのを目の当たりにし、考えを改めることに。

妻と同じように、精神的に追い詰められていく夫。「全部電気が悪いんだ」と思い至った彼は、ある突拍子もない行動に出るのでした。

『STOP』解説

低予算・早撮りによる社会風刺劇

初めに断っておけば、この『STOP』はキム・ギドク監督なりの風刺劇であり、現実とはパラレルな世界を描いた作品です(リアルなのは辛ラーメンを食べる場面くらい)。その描写は度が過ぎていると感じる人もいるかもしれませんが、少なくとギドク監督の問題意識は明瞭に伝わるはず。

いわばキム・ギドク監督による「自主製作映画」であり、その劇映画としての完成度は推して知るべきでしょう。

むしろ、この超低予算を厭わず、独力で原発事故を描こうとしたギドク監督の執念には感服するよりほかにありません。彼の怒りは余程のものであり、物語自体もド直球で原発を批判する内容に仕上がっています。

物語の主人公となるのは若い夫婦です。東日本大震災の発生後、二人は原発の5km圏内で暮らしていたため、東京への避難を余儀なくされます。放射能による健康被害を心配し、次第にヒステリーに陥っていく妊娠中の妻。彼女の不安を解消しようと、夫は福島の家まで戻り、原発周辺の動物を写真に収めることにします。

福島と東京の距離感

この夫、飄々と電車に乗って東京と福島を行き来してみせるのですが、そこでは明らかに現実的な距離感が失われています。監督が日本の地理を知らないということもありますが(撮影は東京と千葉で行われました)、そうやってツッコミながら観ていると、どことなく確信犯のようにも思えてきます。SF的な尺度によって、意図的に距離が歪められている訳です。

こうして日本の地理が改変された結果、福島の原発が東京の電力を担っているという事実が強調されることになります。物語がクライマックスへと進むにつれ、その連続性はさらに際立ったものになるはずです。

生まれてくる子どもの健康を懸念していた妻は、一転して福島に戻ることを決意し、そこで新たな命の誕生を待つことに。一方、東京に残った夫は都心の電力を止めようと、仲間と『太陽を盗んだ男』並みのテロを計画することになります。

夫婦の決断は過激であり、不謹慎の謗りを免れないかもしれません。それでも、この寓話が伝えようとしているメッセージは現実的な強度を保っています。震災以後の世界と向き合い、そこから生じる困難を受け入れ、福島と東京からすべてをやり直すこと。キム・ギドク監督の静かな怒りが伝わってくる作品です。

関連作品:『チェルノブイリ・ハート』

『STOP』の劇中で放射能に怯える主人公の夫婦は、チェルノブイリ事故の歴史を思い出すことになります。2003年に制作されたドキュメンタリー映画『チェルノブイリ・ハート』では、その事故から16年が経ったベラルーシの様子が収められています。

「チェルノブイリ・ハート」というのは、現地の子どもたちが罹患している先天性の心臓疾患のこと。それだけでなく、事故後に生まれた10代の若者の甲状腺がんの発生率は30~40%にも達していました。

上映時間60分の短い作品ですが、原発事故の問題が現在でも持続しているという事実を、大きな衝撃をもって受け入れることになるはずです。

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