
- 復讐の憎悪に燃える絵描きを主人公に、リアルとフィクションの境界線を見失っていく物語。
- 撮影時間3時間20分。12人の助監督がオムニバス的にカメラを回し、キム・ギドク監督が編集した。
- ハンディカムを回す少女は、果たしてギドクの分身なのか?
『リアル・フィクション』作品概要
鬼才キム・ギドク監督の5作目『リアル・フィクション』(실제 상황)は2000年に公開されました。キム・ギドクが執筆した脚本をもとに、11人の助監督がそれぞれのシーンを撮影。その映像をふたたびギドク監督が編集しています。
早撮りで知られるキム・ギドクですが、本作の撮影時間は驚異の3時間20分(韓国映画以上最短)。全編ワンテイクで撮影された野心的作品です。
主人公である絵描きの青年を演じるのは、チュ・ジンモ。本作の翌年には大作時代劇映画『MUSA -武士-』(01年)に出演し、その後『カンナさん大成功です!』(06年)や『愛 サラン』(07年)のヒットなどを受けて人気俳優となっていきます。
その他キャストに、本作がデビュー作となったシム・ヨウン(本名のキム・ジナ名義で出演)。その後ドラマ『百年の遺産』などに出演しています。また、ギドク監督の『悪い女』(98年)や『島』(00年)に出演してきたソン・ミンソクもクレジットされています。
とある絵描きの男が「もう一人の自分」と出会い、彼に命じられるがままに復讐心を燃やしていく物語。虚構と現実の区別がつかなくなっていく奇妙な作品です。
『リアル・フィクション』あらすじ
主人公は路上の絵描き。客やヤクザの横暴にもけっして口答えせず、近くの公衆電話を盗聴しながら黙々と肖像画を描き続ける男です。
そんな絵描きの前に、カメラを持ったひとりの少女が現れます。男の肖像画が上手だと褒める彼女でしたが、どうやら手持ちの金はないようで、他の方法で代金を払うといいます。
絵描きが後をついていくと、そこは小さな劇場でした。舞台の上に座っていたのは強面の男。彼は絵描きの惨めな人生を批判し、「お前を解放してやる」と言って銃を渡すのでした。
彼は人生を踏みにじった者たちの名前を挙げていきます。恋人の浮気相手、軍隊時代の上官、誤認逮捕をした刑事……。男の言葉は、いつしか絵描き自身の独白となっていました。
復讐心に火が付いた絵描きは男を射殺。それまでの従順な態度は一転し、残忍な方法で自らに屈辱を与えた者たちを殺していくのでした。
『リアル・フィクション』解説
11人の助監督によるチーム制作
フィルモグラフィーとしては、『魚と寝る女』(00年)に続く作品。とはいえ、11人の助監督が各シークエンスをワンテイクで撮影したということで、ギドクとしても異色のスタイルといえます。
それに加えて、虚実が入り乱れる脚本も、観客の目には奇異に映るはずです。憎悪に燃える絵描きは残忍な方法で復讐を果たしていくのですが、その傍らに立っているのはハンディカムを持った少女。しかしながら、主人公を含め登場人物は彼女を気に留める様子もなく、まるで存在しないかのように振る舞い続けるのです。彼女は何のためにカメラを回しているのか? 主人公の復讐劇はフィクションとしての演技にすぎないのか? 私たちは途惑いながら物語を追っていくことになります。
結局、この少女も終盤では殺害されてしまい、絵描きの復讐劇は現実味を帯び始めます。かと思いきや、最後にはすべての出来事が絵描きの妄想だったかのように変転し、さらにラストショットでは……。これ以上はやめておきましょう。あまり深く考えず、現実/虚構の曖昧な世界に身をゆだねるべきです。
画家/映画監督としてのギドク
ギドクの初期作品に一貫して登場するルサンチマンが、本作でも過度な暴力によって湧出することになります。こと初めに絵描きの手にする鉛筆が凶器へと変えられたかと思えば、浮気した花屋の女は花束の上で惨殺。さらに恋人を寝取った友人は、毒ヘビの入った袋に頭を突っ込まれて死にます。先ほどまで温厚だった青年が、内に秘めた憎悪を燃やしていく姿を、観客はただ茫然と眺めるほかにありません。
ここには監督自身の持つ2つの姿が投影されています。第一に、画家としての姿。30歳の時に渡仏し、路上で絵を描いて生計を立てていたギドク監督です。『ワイルド・アニマル』の主人公も絵描きでしたが、特に初期作品ではギドクの芸術への態度が強調されているように感じられます。
そして第二に、映画監督としての姿。言うまでもなく、その側面は先ほど述べた少女のハンディカムに重ねられています。絵描きのルサンチマンを映像に収める第三者の視点は、そのままギドク監督自身の立ち位置と考えることができるはず。入れ子になった物語のなかで、ひとり冷静な視線で主人公を見つめ続けるのです。
卑近な言い方をすれば、本作のキム・ギドクはいつにも増して分裂症的なのであり、その燃ゆる情念と静かな視線とのあいだで揺れ動くような存在です。虚構的な夢のなかで社会の外部を志向しながらも、その視線だけは移ろうことなく、ただ人間たちの姿を一点に見据えています。
こうしたキム・ギドクの窃視的な目線は、次作以降で形を変えつつ反復されていくことになります。『受取人不明』で少女の自慰を覗く混血の少年や、『悪い男』でマジックミラー越しに思い人が売春する姿を見るヤクザ、あるいはまた、『コースト・ガード』で立ち入り禁止区域に入った民間人に対し、暗視ゴーグル越しに銃口を向ける海兵隊員のように。
キム・ギドク作品のルサンチマンは、一枚岩ではないのかもしれません。
関連作品:『ダンサー・イン・ザ・ダーク』
デンマークの巨匠、ラース・フォン・トリアーの代表作です。『リアル・フィクション』はたった8台のカメラで撮影されましたが、『ダンサー・インザー・ダーク』のミュージカルシーンは100台のカメラが駆使されました。トリアーは6,000分もの撮影フィルムを編集し、審美的で鬼気迫るシークエンスを作り上げたのです。