
ダグラス・アダムスによる1979年のSF小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』を読む。
「DON'T PANIC!」
たとえ真空の暗闇に放り出されても、けっして慌ててはいけない。ガイドブックとタオルを握りしめ、広大無辺の宇宙を果敢に旅する。
ケルアックの『路上』がヒッピーのバイブルだとすれば、『銀河ヒッチハイク・ガイド』はサイバーリバタリアンの経典だろう。
目次
『銀河ヒッチハイク・ガイド』本の概要
『銀河ヒッチハイクガイド』(The Hitchhiker's Guide to the Galaxy)は、ダグラス・アダムスによる1979年のSF小説である。
元来はBBCのラジオドラマとして1978年に書かれたもので、翌年にはアダムズ自身による小説版が執筆された。これが驚異的なベストセラーとなってシリーズ化。結果的には、以下の通り5冊の続編が発表されている。
- 『銀河ヒッチハイクガイド』(1979年)
- 『宇宙の果てのレストラン』(1980円)
- 『宇宙クリケット大戦争』(1982年)
- 『さようなら、いままで魚をありがとう』(1984年)
- 『ほとんど無害』(1992年)
なお、2009年には別の作家の手によってシリーズ第6作『新銀河ヒッチハイク・ガイド』(And Another Thing...)が発表されている。こちらはダグラス・アダムス亡き後、その遺志を引き継ぐ形で執筆された公式続編である。
2005年には映画化も
また、本作は過去2回にわたり映像化された。一度目はBBCによるテレビドラマ(1981年)であり、二度目はガース・ジェニングスによる長編映画(2005年)だ。
映画を手がけたジェニングスといえば、2016年のアニメーション映画『SING』の監督で知られる。エドガー・ライト&サイモン・ペッグのコンビによる『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2007年)にゾンビ役で出演していたりと、ブリティッシュ・コメディと縁が深い監督だ。
映画も強烈な仕上がりとなっているので、機会があればぜひ観てほしい。
『銀河ヒッチハイク・ガイド』本のあらすじ
突如として訪れたヴォゴン土木建設船団の役人が、地球を木っ端みじんに破壊してしまう。平凡な英国人であるアーサー・デントは、間一髪のところで友人のフォードに助けられ、あろうことか人類の生き残りとなってしまった。
実はフォードという男、ペテルギウス星系出身の宇宙人であり、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の調査員。彼に引き連れられるがまま、アーサーは宇宙を放浪する旅に出発する。
『銀河ヒッチハイク・ガイド』本の解説
この『銀河ヒッチハイク・ガイド』に関して、解説するのはあまりに野暮かもしれない。
1979年の出版以来、スラップスティックSFの代名詞として、世界中でカルト的な人気を誇る作品である。
本作がサブカルチャーに与えた影響ははかり知れない。映画や音楽、あるいはITの世界など、方々で『銀河ヒッチハイク・ガイド』へのオマージュを見ることができる。
究極の疑問の答え「42」
とりわけ有名なフレーズとしては、「究極の疑問の答え」が広く知られている。
仮にまだ試したことがないのであれば、Googleの検索ボックスに「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」と入力してみるといい。作中で登場する銀河一のスーパーコンピューター「ディープソート」が真理の数字を弾き出してくれる。
「わかりました」ディープ・ソートは言った。「深遠なる疑問の答えは……」
「答えは……!」
「生命、宇宙、その他もろもろの答えは……」とディープ・ソート。
「答えは……!」
「答えは……」ディープソートは言い、また口をつぐんだ。
「答えは……!」
「答えは……」
「答えは……!!!……?」
「四十二です」ディープ・ソートは、はてしない威厳をこめ、あくまでも落ち着きはらって答えた。『銀河ヒッチハイク・ガイド』安原和見訳、242頁。
ディープソートが「42」という答えを導き出すまでに、実に750万年を要した。もちろん、この数字に特別な意味はない。宗教的・文学的な解釈はいくらでも可能だが、おそらくダグラス・アダムスは深い理由付けを行っていないだろう。
ひとまずの結論として、たった一つの真理など存在しないのだ、とポストモダン的な読解で片付けることもできる。いささか凡庸な答えだが、実際のところ80年代以降の世界はそのように帰趨している。
究極の答えに対する究極の問い
上記のエピソードには続きがある。あまりに単純すぎる計算結果に呆然とする学者たちに向かって、ディープソートは「そもそも何が問いなのか分からなければ、計算結果の意味も理解しようがない」と答えてみせる。
「そのコンピュータにならば、究極の答えに対する究極の問いを計算することができるでしょう。そのコンピュータは無限にして精妙な複雑さをそなえ、有機生物そのものが演算基盤を構成することになるでしょう。そしてあなたたちは新たな形態をとってそのコンピュータに降り立ち、一千万年のプログラムを誘導することになります。そうです、このわたしがそのコンピュータを設計するのです。名前もつけてあげましょう。そのコンピュータの名は……地球です」
『銀河ヒッチハイク・ガイド』245-246頁。
かくして「生体コンピュータ」である地球が誕生した、というのが話のオチである。
コンピュータの役割が答えを出すことであるなら、人間の役割は問いを立てることにある。人工知能の普及が現実味を帯びている現代からすると、アダムスの思想はビビットで先鋭的なものだ。
英国病を吹き飛ばすコメディ
いちおう時代背景に触れておくと、本作が構想された当時のイギリスは「英国病」に冒されていた。英国病とは、60~70年代イギリスにおける深刻な経済停滞のことを指す。
英国病の原因ははっきりと分かっていないが、ひとつに考えられるのは社会主義政策への傾注だろう。
終戦直後に政権を握った英国労働党は、「ゆりかごから墓場まで」と称される社会保障制度を確立。失業保険や医療保険といったサービスの充実を促した。
ところが、行き過ぎた社会福祉政策は、かえって国民に多大な負担を強いることになる。高率の累進課税によって社会の活力は失われ、労働者のストライキが各地で勃発。そこに日本企業の進出とオイルショックが重なり、イギリス経済の病理は慢性化した。
『銀河ヒッチハイク・ガイド』の中盤では、ゼイフォードと呼ばれる銀河帝国の大統領が登場する。大統領といっても名ばかりで、ゼイフォードは独善的かつ無責任な男だ。壮大な計画を立ててはいるが、アーサーたちと一緒にトラブルに見舞われ続ける。
ゼイフォードに特定のモデルはいないが、ここには執筆時点における政府への失望感が反映されているのだろう。行き詰ったイギリス経済に対して、戦後の歴代首相は十分な対応策を見出せなかった。
ようやく英国病が治癒へと向かうのは、1979年の保守党による政権奪還後、通称「鉄の女」ことマーガレット・サッチャーの登場を待たなければならない。