『コースト・ガード』(キム・ギドク、2002年)映画のあらすじと解説
  • 民間人を誤射してしまった海兵隊員と誤射された男の恋人。2人の悲劇が部隊にまで伝染する。
  • 初期から中期へ、フィルモグラフィーにおける作風の変化を予感する作品。

『コースト・ガード』作品概要

『コースト・ガード』(해안선)は2002年に公開された韓国映画です。鬼才キム・ギドク監督による8番目の作品にあたりますが、撮影は次の『春夏秋冬そして春』(03年)と並行して行われました。

当時すでに国民的スターだったチャン・ドンゴンを主演に迎え、ある海兵隊員を見舞った不条理の暴力を描き出します。共演として『うつせみ』(04年)や『悲夢』(08年)など多くのギドク作品に出演することになる女優パク・チアや、『パイレーツ』(14年)などで知られる名脇役のユ・ヘジンがキャスティング。

また、端役のキム・ガンウは本作で映画デビューを飾ることに。後に知名度を上げ、イム・サンス監督『蜜の味 〜テイスト オブ マネー〜』などで高い俳優力を示すことになります。

釜山国際映画祭のオープニング作品。興行的には前作『悪い男』(01年)以上に失敗となりましたが(前作の観客動員数75万人に対し、本作は45万人)、初期のギドク作品に通底する生々しい狂気と暴力の表象を見てとることができます。

『コースト・ガード』あらすじ

南北の軍事境界線に近い東海岸。そこでは北朝鮮スパイの侵入を防ぐため、韓国海兵隊の一員が日夜警戒を行っていました。なかでもカン上等兵はスパイ発見に誰よりも執念を燃やす男。他の隊員が休んでいる最中でも、ひとり訓練に明け暮れています。

ある晩、カン上等兵は警戒区域内の砂浜で動く不審な影を発見。敵と見なした彼はすぐに発砲し、手榴弾を投げて息の根を止めます。しかし、おもむろに隊員たちが近づいてみると、その死体は近くに住む民間人の青年でした。酒に酔った彼は鉄条網をくぐり抜け、砂浜で恋人と情事に及んでいたのです。

誤射の事実を隠ぺいするため、部隊はカン上等兵を表彰し、1週間の特別休暇を与えます。ソウルで待つ恋人との再会を果たしたカン上等兵でしたが、誤射の事実を知った彼女は離れていき、彼の心も徐々に蝕まれていきます。

一方、カン上等兵の銃で恋人を失ったミヨンもまた、精神的なショックで気がふれるようになっていました。彼女は基地の周辺を徘徊し、海兵たちと次々に性関係を結んでいきます。どうやらその目には、彼らが亡き恋人として映っているようでした。

完全に常軌を逸したカン上等兵は、ついに義兵除隊となることに。しかし、彼は民間人となった後も基地へと戻り、隊員たちとともに任務を遂行しようとします。

誤射事件からはじまった2人の狂気は、次第に部隊の内部へと伝染していくのでした。

『コースト・ガード』解説:ある海兵隊員を襲った不条理

韓国軍の警備隊を描いた反戦映画

かつてオリバー・ストーン監督はベトナム戦争を背景に2本の反戦映画を撮りましたが、『コースト・ガード』はその韓国版とも呼べる物語です。戦争が狂気を生み出してしまう点では『プラトーン』(86年)であり、誤射がトラウマを植え付けるという点では『7月4日に生まれて』(89年)でしょう。

ギドク監督は『受取人不明』(01年)で米軍がもたらす悲劇の連鎖を描き出しましたが、本作では同様の構造が韓国軍の警備隊をめぐって繰り返されることになります。

20代の前半を海兵隊員として過ごしたキム・ギドクですから、『フルメタル・ジャケット』的な訓練の描写は実際の経験に基づくものかもしれません。隊員たちが息抜きのスポーツや遊戯に興じている姿は現実の強度を保っていますが、そこには想像を超えた暴力と狂気の予感が潜んでいます。

バレーボールはその最たる表象で、隔たるネットには鉄条網を挟んだ南北の対立が重ね合わされ、同時にコートを離れて転がっていくボールが、社会の外に置かれた狂気を導くことになります。

実際、このバレーボールが転がっていく先には、つねにカン上等兵の姿があり、そしてミヨンの姿があるのです。民間人を誤射してしまった男と、恋人を誤射された女。加害者と被害者が社会の外で奇妙に隣接してしまう構図は、思い人を娼婦に仕立て上げる『悪い男』の物語と見事に一致します。

「暴力」の初期から「贖罪」の中期へ

このようにして、『コーストガード』は一見すると『受取人不明』や『悪い男』といった初期作品の反復とも捉えられかねません。たしかに批評的な評価も芳しくなかった作品で、製作プロデューサーのイ・スンジェも、本作より次作『春夏秋冬そして春』の方が好みだと語っています(『キム・ギドクの世界 野生もしくは贖罪の山羊』)。

とはいえ、個人的には本作にこそギドクの作風が変化した徴が刻み込まれているように思えます。一言でいえば、それは宗教的ともいえる贖罪意識のあらわれにほかなりません。容赦なき暴力を振るうギドク作品の登場人物たちが、本当の意味で自らと向き合うのはこの『コースト・ガード』以降です。

それは『春夏秋冬そして春』(03年)で妻を殺した男へと滑らかに接続し、『サマリア』(04年)の援交少女に涙を流させ、『うつせみ』(04年)のノマド青年から重さを奪ってしまいます。この描線を仮にフィルモグラフィーの「第2期」(たった数年間ですが)と呼ぶならば、その萌芽は間違いなく2002年の本作にあったのです。

関連作品:『戦火の勇気』(1996年)

『7月4日に生まれて』はすでに挙げたので、別の視点から「誤射」の作品を。『ラストサムライ』(03年)などで知られるエドワード・ズウィック監督の『戦火の勇気』は、湾岸戦争で友軍の戦車を誤射してしまった部隊長の物語です。

贖罪意識に苛まれていた主人公は、ある戦死した女性軍人の調査を命じられることになります。ところが、証言を集める過程で、彼女の死に不審な点があることに気づくのでした。

やがて明らかになる真実は、戦場における本当の勇気を私たちに問いかけます。

おすすめの記事