ポイント

・『選挙』に続き、市議選に立候補した山内和彦の活動を追った「観察映画」第5弾。
・無所属で出馬した今回はドブ板選挙を封印。選挙戦をメタ分析する山さんの視線に注目。
・巨大なイメージが専横する選挙文化と、その向こう側に透けて見える日本の原子力政策。

『選挙2』概要

『選挙2』(2013年)はドキュメンタリー作家・想田和弘による「観察映画」第5弾として製作された。第1弾『選挙』(07年)の続編にあたる作品であり、ふたたび市議会議員選挙に立候補した「山さん」こと山内和彦の姿を追っている。

前回の選挙では自民党の公認候補として出馬した山さんだが、今回は完全無所属での戦いとなった。2011年4月の統一地方選挙(川崎市議会)を通して、彼は防護服を身にまとい、脱原発を公約に掲げて街頭演説を行っていく。

日本も山さんも、前作の時からすっかり変わってしまった。それでも普遍的な視線で「観察」を続けるカメラは、またしても奇妙な日本の選挙文化と、その向こうにある震災後の社会を浮き彫りにする。

『選挙2』解説

自粛ムードの地方選

ああそうだった、と思い返してみれば、東日本大震災直後の日本も自粛ムードに包まれていた。関東では計画停電が実施される一方で、東京電力管外にまで自粛の動きが広がり、隙あらば「不謹慎」の言葉が飛び交っていた時期だった。その影響は4月の統一地上選にも及び、選挙カーの使用や街頭演説を控えるケースも多く見受けられた。カメラに映る候補者たちの表情にどこか固い印象を受けるのも、あるいは時節柄だったのかもしれない。

「山さん」こと山内和彦氏は、相変わらず笑顔である。むしろ前作と比べると、その顔もどこかほころびているような気がする。なにせ前回の選挙では、体育会系タテ社会の自民党が公認する候補として、先輩議員に尻を叩かれていたのだから仕方ない。いや、そんな山さんの姿もドキュメンタリーとして見ごたえがあったのだが……。ちなみに、その後はめでたく第一子も誕生したようで、本作では子煩悩な父親の姿も見せてくれる。

だが、その柔和な表情とは裏腹に、今度の山さんは終始にわたって怒りに燃えている。かつて自民党公認として――与党の神輿に担がれて――選挙を戦った山さんの姿はもはやなく、代わりにあるのは無所属として、「子どもにツケを回さない!」と原発反対を叫ぶ男の姿である。ひょっとすると、それこそが本来の山さんだったのかもしれないが、けだし観察映画の被写体となったことで、山さんはみずからも「観察」する主体となったように思える。社会を批評的にまなざす、能動的な主体になったのだ。

ということなので、山さんは冒頭から渦中の選挙戦をつぶさに観察する。自粛ムードのなか、街中を無音で走行する他政党の選挙カー。支持率低下中だったためか、自分の政党名をチラシに盛り込まない民主党公認候補。そして、他の候補者がおざなりにしている原発問題。いずれも前作の山さんからは考えられなかった発言だろう。

みずからの選挙戦をメタに分析する山さんは、まともな選挙活動をほとんど行わず、挙句は対立候補の選挙カーに手を振るほどの余裕ぶり。そのためもあってか、想田監督のカメラも山さんのもとを離れ、他の候補者の活動を順繰りに映していく。これが予想外に(?)面白く、震災後の状況下で、みな多種多様な策を巡らせている様子が見てとれる。駅前でスカウトマンさながらの握手を試みる候補者もいれば、選挙カーの代わりに自転車で選挙区を回る候補者もいる。なかにはカメラに向かって、既存の選挙制度の限界を話す候補者まで。

自民党議員からの叱責

そんななか、劇中では2度にわたって想田監督が叱責を受ける場面がある。選挙活動を行っていた自民党の候補者(前作にも登場した浅野文直・持田文夫議員)にカメラを向けたことが原因だった。穏やかな観察映画の世界において、これほど緊張が走る瞬間というのも珍しいだろう。このときのカメラは、期せずして世界に介入し、原一男的な、いわゆるアクションドキュメンタリーの様相を呈している。もちろん観察映画がそうなることを望んだわけではない。過敏に反応してしまったのは議員の側である。

二人の議員は何をもって激高したのだろうか。おそらく前作の『選挙』を観た(あるいは風評を耳にした)と思われるが、その上で物言いをしているのであれば、それは自身の選挙を正確に「観察」できていることになる。カメラは公共の場を映しているに過ぎないのであって、他の候補者も同じように撮影されている。同じ自民党議員でも、若手の市議候補は撮影を拒まなかった。

だが、そのカメラが2人のベテラン議員へと向けられることは、彼らにとってマイナスでしかないのだ。そこに映し出されているのは、ひとりの政治家の主義主張ではなく、与党第一党が作り上げた、恐ろしく巨大なイメージだったのだから。

私たちはこの奇妙な現象を、その背後にある原発問題と重ねることができる。日本の原子力政策は、まさに横行する巨大なイメージによって進められたものではなかっただろうか。劇中、山さんも日本の「原子力の父」である正力松太郎の名前を出していたが、たしかに原発は、マスメディアを中心としたイメージ戦略によってのみ成立し得るシステムだったと言える。悔やむべきは、私たちがその安全神話を正しく「観察」できなかったことだ。

選挙戦最終日、山さんはここぞとばかりに街頭演説にのぞむ。防護服のコスプレに身を包み、脱原発の訴えを市民に届けるためだ。自分に票は入れなくていい、だから「まずは投票所に足を運んでください」と叫ぶ山さんは、私たちが真に直視すべき対象を教えてくれる。それは奇妙な選挙文化によって覆い隠された、あるいは原子力村の言説によって覆い隠された、紛うことなきリアルの形である。

関連作品:『選挙に出たい』


歌舞伎町で20年以上も案内人を務めてきた男、李小牧(り・こまき)が新宿区議選挙に出馬した。慣れ親しんだ中国国籍を捨て、わざわざ日本に帰化してまで――。『選挙に出たい』(2017年)は、そんな彼の選挙戦を中国人監督の邢菲(ケイ・ヒ)が密着取材したドキュメンタリーである。
歌舞伎町の男らしく、「仁義」を何よりも大切にする李の戦いが退屈であるはずがなく、その信念は日本人の心を強く揺さぶり動かす。国籍を変えてまで政治家を目指す中国人は世界的にも珍しく、本作が上映された北京映画祭でも好評だったようだ。

李は街頭演説で「私に票を入れなくてもいいですから、好きな政党に入れてください」と叫ぶが(予告編でも目にすることができる)、これは『選挙2』の山さんとほとんど同じ内容だ。形の上では中国より民主的であるはずの日本で、選挙への主体的な参加が呼びかけられる。きっと彼は第二の「山さん」なのだろう。

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